シマとイモとヒトと
遠城道雄(鹿児島大学農学部)
2024年12月16日(月)16時30分 鹿児島大学 郡元キャンパス 総合教育研究棟5階
[要旨]
イモといえば、ジャガイモ(Solanum tuberosum L.)とサツマイモ(Ipomoea batatas L.(Lam))はよく知られているが、ここでは、南西諸島と太平洋島嶼におけるヤマノイモ科ヤマノイモ属のヤムイモ(Dioscorea spp.)とサトイモ科のタロイモ(Araceae family)について解説する。一般的にイモ類は腐敗しやすく、かつ、開花も多くないので、過去に栽培されていた証拠(花粉や土器への圧痕など)が穀類と比較してもほとんど残らない。最近の研究では、南西諸島での発掘調査が進み、先史時代から堅果類が食されていた証拠が示されるようになっているが、イモ類は見つかっていない。しかし、報告者はこの時代から、イモ類は食料として重要な役割を担っていたのではないかと考えている。
島嶼は海洋という自然の壁があり、外部からの物資移入が不安定であるため、食料確保の観点から、年間を通じて、収穫可能か、長期間貯蔵可能な種類の植物がより必要となる。ヤムイモとタロイモは、単独では必ずしもこの条件を満たしてはいないが、両者、もしくは、他の作物類を組み合わせることで、かなり、長期にわたって、食料供給源となるものと推定される。
さらに、この二つのイモ類は、単に食料としてだけではなく、地域の風習とも結びついている点は大変興味深い。
年輪に着目した樹形形成の可塑性に関する研究
安田悠子(鹿児島大学農学部)
2024年11月25日(月)16時30分 鹿児島大学 郡元キャンパス 総合教育研究棟5階
[要旨]
樹木は幹の先端にある頂端分裂組織により伸長成長を行うだけでなく、幹の樹皮直下に存在する形成層の分裂により肥大成長する特徴をもつ。これらの分裂組織による成長は長年にわたって継続的・季節的に発生し、樹木の巨大化の根幹となる現象である。亜寒帯から暖温帯に生育する樹木では頂端分裂組織と形成層細胞の分裂活動に1年ごとの季節性が認められる。これらの気候帯に生息する樹木の幹の頂端分裂組織は縦方向に梢端を、形成層は放射方向に年輪を毎年形成すると考えられている。しかし、樹木は定着した場所から動くことができないため、生息環境に順応した樹形を形成するようになるが、資源量が十分に無いような環境条件下では、その成長が抑制され、典型的な樹形からかけ離れたものになる。また、成長抑制に伴う樹形の可塑性が起こるとき、樹幹において年輪が正常に形成されない不連続輪という現象が起こることが報告されている。しかしその樹形の可塑性や不連続輪がどのようなプロセスを経て発生するのかは不明である。本発表では、温帯域に分布する樹種を対象として、年輪に着目した樹形形成の可塑性に関する知見を紹介する。
サモア独立国における「障害」概念の受容 ―「生涯学」の視点から―
倉田 誠(東京医科大学医学部)
2024年10月24日(木)16時30分 鹿児島大学 郡元キャンパス 総合教育研究棟5階
[要旨]
サモア独立国では、1975年の「障害者の権利宣言」や1981年の「国際障害年」を契機としていくつかの民間の障害者支援団体が創設された。今世紀に入ると、オーストラリアをはじめとする諸外国から民間団体への積極的な援助を受けて、全国的な障害者支援の展開や「障害(disability)」概念の浸透が図られるようになっている。しかし、総人口20万人程度の島嶼国において様々な「障害」に応じた医療や教育の仕組みを整備することは難しく、現代でも「能力(ability)」という見かたが人びとの間に浸透しているとは言えない。実際に、彼/彼女らは、医療や教育による個々人に対する評価というより、これら団体や団体が提供するモノやサービスとの関係から「障害」や「障害者」というものを認識する傾向にある。
本発表では、これまでの経緯をふりかえりながら、サモア社会において民間団体を中心に障害者支援がいかに拡大され、その過程で「障害(disability)」という概念がどのように受容されてきたのかを検討する。また、「生涯学」という視点からサモア独立国の事例を検討することで、私たちの生涯や社会のあり方をいかに捉えなおすことができるかも考えたい。
日本軍占領下のナウル島におけるピジン英語の保持をめぐって
岡村 徹(公立小松大学国際文化交流学部)
2024年9月30日(月)16時30分 鹿児島大学 郡元キャンパス 総合教育研究棟5階
[要旨]
1907年、燐鉱石の採掘労働者としてナウル島に入島した中国人は、現地島民との間で、ピジン英語と呼ばれる言語を使って、島内にある商店やレストランや採掘場で、島民らとコミュニケーションをはかってきた。当該のピジン英語は、今日でも、その姿や形を変えながら、島内で社会的に機能している。しかし、旧日本海軍が1942年の8月にナウル島を占領し、大日本帝国の一員としての教育を島民に施すばかりでなく、農業用の化学肥料として重宝された、燐鉱資源の開発まで着手したため、当時の島民らの言語の使用に影響が及んだ。旧国策会社の一つとして知られる、南洋拓殖株式会社の社員も日本海軍の施政に協力している。
旧日本海軍が、ナウル島に来島する前の、1941年2月23日、多くの中国人や欧州人がナウル島から離島したため、当該の言語を保持することが、きわめて困難になった。戦後、ピジン英語の話者がナウル島に戻って来たことにより、再び島内で社会的に機能し始めた。
本発表では、当該の言語が戦時下において、危機に瀕した要因について考察する。
ミドリイシ属サンゴの生殖戦略について
北之坊誠也(鹿児島大学国際島嶼教育研究センター)
2024年7月22日(月)16時30分 鹿児島大学 郡元キャンパス 総合教育研究棟5階
[要旨]
サンゴ礁は海洋面積全体の0.2%を占めるにすぎないが、全海洋生物の約25%がそこに生息している。そのためサンゴ礁は、生物多様性の保全にとって極めて重要な生態系である。サンゴ礁を形成する造礁サンゴは、地球上に約5億年以上前から存在し、さまざまな気候変動に耐えながら生き延びてきた。造礁サンゴが生存し続けてきた理由は何であろうか? サンゴは進化の過程で頻繁に異種間交雑が起こったと考えられている。通常、異種との交雑は子孫を残すのが難しくなるため、不利だと考えられている。しかしながら、近年の実験室内での研究により、ミドリイシ属サンゴのうち約3分の1が異種のサンゴと受精できることが報告されている。このような交雑がなぜ維持されているのかは不明である。そこで、ミドリイシ属サンゴの異種間交雑に関する研究を進めるため、一斉産卵(卵と精子が混ざり合った状態)を再現し、どのような条件で異種のサンゴと受精が起きるか検証した。その結果、精子濃度が高いときは同種と受精し、精子濃度が低くなると同種精子が混在しているにも関わらず、交雑することが判明した。すなわち野外でのサンゴの生息数が減少すると、産卵時に海中に放出される精子の数が減少する可能性が考えられる。その場合、異種のサンゴとの受精が可能となり、子孫を残すことができるというわけである。これが、サンゴが長い間生き延びてきた理由の一つであるかもしれない。
ある島人の日露戦争体験-大納宮継『征露日記』を中心に-
平井一臣(鹿児島大学法文学部客員教授)
2024年6月24日(月)16時30分 鹿児島大学 郡元キャンパス 総合教育研究棟5階
[要旨]
2021年、沖永良部島の住民・大納宮継(おおの みやつぐ)が書き残した『征露日記』の所在が明らかにされました。宮継のひ孫にあたる大納忠人(ただひと)氏により知名町立図書館に寄贈されたものです。1904年(明治37年)2月5日から始まる日記には、中断をはさみながら、翌年6月10日までの記載があります。
日露戦争に従軍した将兵の日記類は、私家版も含めるとかなりの数が確認できると言われています。また、日記を素材にした研究もすでにいくつか発表されています。大納日記は、そうした日露戦争時の日記類の一つですが、少なくとも以下のような特徴があると言えます。
①離島からの出征者の従軍経験が記されており、とくに沖永良部島を出発するまでの送迎の様子と奄美の島々を寄港し鹿児島市の第45聯隊入隊までの様子、さらに鹿児島から門司への移動について、興味深い記載がなされています。
②上陸した朝鮮半島での見聞(とくに釜山と仁川)や駐留地である元山での状況についての記載があります。日露戦争関連の日記類の多くは、主作戦地とされた満洲方面への出征者のものです。朝鮮半島の東側に位置する元山方面についての記録は貴重なものと言えます。
③病気による除隊とその後の経緯についての記載があり、軍事救護問題を考察する手掛かりを提供するものでもあります。
鹿児島県南西諸島在来カンキツ類の機能性探索
坂尾こず枝(鹿児島大学農学部)
2024年4月22日(月)16時30分 鹿児島大学 郡元キャンパス 総合教育研究棟5階
[要旨]
鹿児島県の南西諸島には、特定の地域でのみ栽培されているカンキツ類がある。これらのカンキツ類の多くは南西諸島特有のものであり、特徴的な機能性成分を含有している可能性がある。例えば、沖縄県で有名なシークワーサーは、ダイエット効果で知られるポリメトキシフラボノイドを豊富に含み、商業的に利用されている。つまり、これらのカンキツ類の極めてユニークな成分や生理活性を解明することは、南西諸島在来のカンキツ類に新たな価値を生み出し、利用促進に繋がることが期待される。
これまで発表者の研究グループは、南西諸島在来カンキツ類について、抗酸化作用、美白作用、がん予防作用などの生理活性を調べてきた。本発表では、これらの成果の概要を紹介するとともに、特に抗肥満作用と血糖値上昇抑制作用に焦点を当てた研究結果を提示する。
α-グルコシダーゼ阻害活性およびリパーゼ阻害活性の評価による血糖値上昇抑制効果および抗肥満効果の検証では、喜界ミカンおよびクネンボに高い酵素阻害活性が認められた。また、喜界ミカンとクネンボはカイコの糖尿病モデル実験においても顕著な効果を示した。実験の結果、特に喜界ミカンにはインスリンと同様の血糖降下作用があり、脂肪体内のグルコースも増加させることが確認された。今後、より詳細な機能性成分の分析を行い、モデルマウスを用いて抗肥満・抗糖尿病効果を検証する。
自然と調和した可能性のある島(?)先史時代の奄美・沖縄諸島
髙宮広土(鹿児島大学国際島嶼教育研究センター)
2024年3月18日(月)16時30分 鹿児島大学 郡元キャンパス 総合教育研究棟5階
[要旨]
「先史時代」とはヒトは存在するが文字のない時代のことを言う。すなわち、厳密に言えば、歴史時代とは文字を伴う時代のことである。さて、奄美・沖縄諸島の先史時代は一般的に旧石器時代(3万年前〜1万年前)、貝塚時代(1万年前?〜1000年前)およびグスク時代(11世紀後半〜15世紀)から構成されている。この地域の先史時代を世界的なレベルで他の島々と比較すると他地域の島々の先史時代には存在しない大変珍しい文化現象がいくつかあったことが最近の研究で示唆されている。今回の発表ではそのうちの一つである「自然と調和した可能性のある島(?)」について紹介したい。
島嶼環境を研究する研究者の島の環境に関する意見は「島の環境は大変脆弱である」ということである。この点は現代だけではなく、過去にも当てはまる。島が成立してそこに植物や動物が植民し、何万年あるいは何千万年という長い時を経て、バランスの取れた環境が創造される。そこに新しい種が植民すると島の環境は最も簡単にそのバランスが崩れると考えられている。その「新しい種」で最も島嶼環境に影響を与える生物がヒトである。ヒト1種がバランスと取れた環境に植民するだけで、彼・彼女らは森林資源および生息する動植物を利用する。これらの行動が引き金となり、島嶼環境は激変する。
世界の島の先史学から提言されている「定説に近い仮説」は「ヒトが島嶼環境に適応すると島の環境は劣悪化あるいは環境破壊が起こる」というものである。オセアニアの島々、カリブ海の島々および地中海の島々では、ヒトが島に出現すると森林破壊や土砂崩れが報告され、さらに多くの動物が絶滅したことが確認されている。
奄美・沖縄諸島でもヒトの植民後、おそらく環境破壊あるいは劣悪化が起こったと考えられ、先史時代におけるヒトと島嶼環境について考察した。しかし、奄美・沖縄諸島先史時代においては、上記の「定説に近い仮説」は当てはまらないかもしれない。先史学的・考古学的調査のなされた島において、このような島は世界に他に存在しないかもしれない。
大日本帝国期の建築物の現在から見る歴史認識~沖縄と台湾を事例に
上水流久彦(県立広島大学地域基盤研究機構)
2024年1月22日(月)16時30分 鹿児島大学 郡元キャンパス 総合教育研究棟5階
[要旨]
世界遺産や日本遺産など、たくさんの建築物が遺産に認定されています。そして、遺産の認定は、政府の方針、国民感情、建築学や歴史学の専門家の意見のもと決定され、歴史認識や国家アイデンティティをめぐる争いの場となります。例えば、朝鮮総督府だった建物は壊されていますが、台湾総督府だった建物は現在も中華民国総統府として使用されています。今回の発表では、建築物の現在を紹介して、台湾や沖縄の歴史認識を考えてみたいと思います。
発表者は大日本帝国の建築物の現在を5つに分類しました。それは、外部化(破壊や放置)、内外化(負の歴史として自らの歴史の一部として遺産化)、内部化(一種肯定的に遺産化)、溶解化(日本統治の過去を忘却し利活用)、遊具化(日本的要素を強調して観光地化)の5つです。現在の台湾では、植民地支配の記憶を継承するという側面がかなり希薄になり、むしろ観光施設として利用されるようになっています。那覇では十十空襲によって記憶を喚起する帝国期の建築物はなく、沖縄戦の悲惨な歴史が強調されています。忘却させられた近代とも言えます。それに対して、沖縄県の周辺部では、建築物が残る地域では、地域の近代化を物語る道具として活用されています。