[要旨]
本発表では、ヤドカリとその共生者の適応進化に関する知見を紹介する。ヤドカリと聞くと、オカヤドカリのような「陸に暮らすヤドカリ」を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、陸上で暮らしているヤドカリはごく少数であり、ほとんどのヤドカリは海の中で暮らしている。これまで演者は、潮間帯を含む浅い海と水深200mよりも深い深海と呼ばれる海に暮らすヤドカリ、およびその共生者についての系統分類学や行動学的な研究を行ってきた。本発表で演者がこれまで行なってきた研究の成果、特に奄美群島を含む日本近海に生息する種についての知見を紹介することで、多くの人に「海に暮らすヤドカリ」の存在を広めたい。
ヤドカリのほとんどは、巻貝の貝殻を「家」として使う。しかし、その貝殻は既に死んでおり大きくならないため、ヤドカリは成長するためにはさらに大きな貝殻に引っ越さなければならない。特に海に暮らすヤドカリが使う貝殻には、イソギンチャク類や巻貝類などの複数の共生者が暮らしている。これら共生者はヤドカリが引っ越しを行うたびに関係が切れてしまうため、共生を続けることに特化した形態や行動を進化させている。本発表で演者がこれまで明らかにしてきたヤドカリと、その共生者の「貝殻を舞台とした適応進化」を紹介することで、「海に暮らすヤドカリ」を研究することの面白さを共有する。
国際島嶼教育研究センター第231回研究会
2023年7月18日(火)16時30分 総合教育研究棟5階
一色次郎研究の現在
鈴木優作(鹿児島大学法文学部附属「鹿児島の近現代」教育研究センター)
[要旨]
本発表では、沖永良部島出身の作家・一色次郎(1916-1988)の研究状況について述べる。一色は、「冬の旅」(1949年)および『孤雁』(1961年)で二度の直木賞候補となり、1967年に「青幻記」により第3回太宰治賞を受賞し、1973年に映画化され、海外諸国でも上映された。以後も共編『東京大空襲・戦災誌』(1974年)で菊池寛賞、『サンゴしょうに飛び出せ』(1975年)で産経児童出版文化賞を受賞した。以上のように存命中に活躍した作家であるにもかかわらず、現在沖永良部でも一色を知る人は多くなく、文学史においても顧みられることがほとんどない。発表者は、一色次郎の研究を推進し再評価の機運を高めていきたいと考えている。
まず、これまでの一色をめぐる言説が、結核を患った母との交流をテーマとした「青幻記」、および父の冤罪と死を扱った「太陽と鎖」(1964年)に集中しており、一色文学が「青幻記」以前‐以後という区分で一般に認識されていることを指摘する。つぎに発表者は総体的に一色文学を捉えるため、新たなより詳しい時代区分を提唱する。①出発点としての、19-20歳にかけて出版した二点の創作集②「青幻記」受賞以前の少年少女向け偉人伝記・冒険小説③②と同時期に文芸誌に執筆した純文学作品④「青幻記」⑤「青幻記」以降、「魔性」(1979年)など自ら参加した死刑廃止運動と関わる作品。
加えて、沖永良部島での調査を含む、一色の一次資料調査の成果について紹介をしたい。
国際島嶼教育研究センター第230回研究会
2023年6月19日(月)16時30分 総合教育研究棟5階
奄美群島における焼塩土器の基礎的研究
與嶺友紀也(伊仙町教育委員会)
[要旨]
これまで古代九州の焼塩土器(布目圧痕土器)が奄美群島で出土することは知られていた。焼塩土器が九州からの搬入品の一つとされる一方で、奄美群島の在地土器と焼塩土器の胎土が共通することも指摘されていた。すなわち奄美群島内で焼塩土器を生産しており、奄美群島の焼塩土器は貝塚時代後2期後半の社会状況を示す遺物の一つになる可能性がある。
そこで奄美群島出土の焼塩土器の詳細な観察を行い、鹿児島本土の焼塩土器と比較を行った。また奄美群島での焼塩土器の出土事例の集成も実施した。その結果、奄美群島の焼塩土器と鹿児島本土のものは器形と内面の布目痕が共通し、胎土・製作方法・年代観が異なることがわかった。
したがって奄美群島内で焼塩土器が生産・流通していたと推定された。同時に古代九州の製塩技術が奄美群島に伝播した可能性が出てきた。そして奄美群島における焼塩土器の出現・展開の背景には、奄美諸島において9世紀後半より本格的な農耕や鍛冶技術を導入したことによる塩の需要の高まりが想定された。製塩場所の候補地としては奄美大島が挙げられ、徳之島や沖永良部島も一部生産に関わっていた可能性がでてきた。そして喜界島は塩の一大消費地であったと考えられた。
国際島嶼教育研究センター第229回研究会
2023年5月29日(月)16時30分 総合教育研究棟5階
ザンジバルのダガー産業:内陸国へのタンパク質食料供給としての意義
藤本麻里子(鹿児島大学水産学部)
[要旨]
タンザニアのインド洋島嶼地域ザンジバルでは、カタクチイワシの漁業と煮干しへの加工産業が盛んです。カタクチイワシをはじめ、小魚全般をスワヒリ語でダガー(dagaa)と呼びます。ダガーはタンザニアの国民食ともいえるほど身近で重要なタンパク源です。本発表ではタンザニア各地のダガー加工産業を紹介し、特にザンジバルにおける煮干し加工産業に焦点を当てます。
ザンジバルはタンザニアの首座都市ダルエスサラームからフェリーで1時間半ほどの距離にあります。この離島地域に、内陸のコンゴ民主共和国(以下、D.R.コンゴ)から多くの商人が訪れ、煮干しを大量に買い付けて本国へ送っています。D.R.コンゴでは90年代に勃発した内戦とそれに伴う政情不安で、人々の生活インフラは破壊されました。多くの難民が、熱帯雨林の森で野生動物をタンパク質食料として利用せざるを得ない状況が続きました。野生動物は急減し、近年は人々のタンパク源は獣肉から水産物へシフトしています。
発表者はザンジバルにおけるカタクチイワシ漁、仲買加工産業および、コンゴ人商人と産地仲買人の取引慣行などを調査し、そのフードチェーンを明らかにしてきました。また、D.R.コンゴの都市ルブンバシにおける調査から、ザンジバル産ダガーがD.R.コンゴのみならず周辺国にも流通していることがわかりました。本発表では、ザンジバルのダガー産業を紹介し、内陸国へのタンパク質食料供給という観点からその意義を検討します。
国際島嶼教育研究センター第228回研究会
2023年4月24日(月)16時30分 総合教育研究棟5階
奄美群島の宗教文化と神社の関係について
町泰樹(鹿児島高専一般教育科)
[要旨]
奄美群島は、琉球にルーツを持つノロ(女性神役)による村落祭祀やユタのシャーマニズムといった在地の宗教文化を有する地域として知られている。こうした在地の宗教文化は、明治期以降、廃仏毀釈や外来宗教の導入によって衰退してきた。ただし、在地の宗教文化と外来宗教との関係は、対立的なものだけではなく融和的なものもある。とりわけ神社は、廃仏毀釈の際には在地の宗教文化を抑圧する存在として立ち現れる一方で、ノロたちの祭場でもあった神社や在地の英雄譚から創建された神社が存在するなど、在地の宗教文化の受け皿としても機能してきた。発表者は、近現代における奄美群島の宗教文化の変容に関心を持ち、出身地である与論島の葬制の変容や、民俗信仰と神社の関係について研究を行ってきた。本発表では、発表者のこれまでの研究を概略的にたどりながら、奄美群島の宗教文化を理解するために神社に着目する意義を確認する。その上で、奄美群島における神社や、その管理を担っている人々の語りから、在地の宗教文化と神社との関係について考えていきたい。
国際島嶼教育研究センター第227回研究会
2023年2月6日(月)16時30分 総合教育研究棟5階
日本列島におけるバナナの栽培・利用の動向について
佐藤靖明(長崎大学多文化社会学部)
[要旨]
従来、日本におけるバナナの生産は、主に亜熱帯に位置する南西諸島や小笠原諸島に限られていた。しかし近年、これまで不適とされた温帯の九州、四国、本州、北海道でも栽培が試みられており、全国的な変化の中にある。本発表ではこのことに注目し、日本列島でのバナナの栽培・利用の動向を概観する。
人類とバナナのかかわりをみると、熱帯・亜熱帯の各地で発達した在来的な農耕文化と、熱帯での大量生産と温帯・冷帯への大量流通・消費という2つが顕著である。そして現代では、病虫害の世界的な広がりや、フードマイレージ、生産者と消費者間の対等性といった問題が指摘されている。それらを考えたとき、日本での新たな動きは、南西諸島等も含めた日本人のバナナに対する価値観や、生産~消費の流れの変化を予見させるものといえる。
2018年までの国産バナナの新聞・雑誌記事から、九州以北のバナナの農園は大まかに以下の3種類に分類された。一つ目は、消費者への販売を中心とした経営をおこなう農園(販売特化型)、二つ目は、収穫イベントや植物体のオーナー制度など、体験活動の方を中心に据えた経営をおこなう農園(体験重視型)、そして三つめは、個人的な趣味の延長線上でバナナを小規模に栽培しており、贈答や、まれに販売がなされる農園(趣味+α型)である。2018年以降は、さらに多様な栽培・活用の方法がみられ、生産者間での情報交換も活発化している。その一方で、バナナの植物としての特性や、個人的なネットワークに依拠して広まってきた経緯もあり、生産者にとって品種の同定が難しいといった状況も生まれている。
国際島嶼教育研究センター第226回研究会
2023年1月16日(月)16時30分 総合教育研究棟5階
医食同源―薩摩黒膳から人参養栄湯研究まで
乾 明夫(鹿児島大学大学院漢方薬理学共同研究講座)
[要旨]
鹿児島大学食と健康プロジェクトは、鹿児島の豊かな食品の機能性を解析することで、食を通じた生活習慣病やフレイル(杖の必要な状態)予防など、健康長寿に寄与することを目的としている(医食同源)。
その一つが黒膳プロジェクトであり、アントシアニンを多く含んだ黒米・黒野菜を取り入れた「薩摩黒膳弁当」は、2019年全国スーパーマーケット協会お弁当・お惣菜大賞の弁当部門で、優秀賞(第2位)の栄誉に輝いた(城山ストアー販売)。またもう一つの黒糖焼酎・芋焼酎プロジェクトでは、抗メタボ作用を有する機能性成分の同定や、老化を抑え健康長寿を促進する空腹ホルモン「グレリン」と同様の働きをするグレリン様物質を発見した(特許出願中)。これらの知見に基づき、機能性焼酎の開発を試みている。
人参養栄湯は最強の補剤とも称され、高齢者において免疫機能の強化、食欲促進、サルコペニアの軽減など、フレイルの予防・治療効果が報告されている。この人参養栄湯が作用するのは、胃から分泌されるグレリンおよびその下流にある視床下部の神経ペプチドYである。この空腹系がカロリー制限(腹八分)の根幹をなし、健康長寿・腫瘍抑制・ストレス耐性に深く関わっている。
人参養栄湯の構成成分の一つである陳皮は、温州ミカンがその素材の一つである。温州ミカンの源流は桜島小ミカンと言われ、ヘスペリジンなどの有効成分を多く含み、グレリンを増加させる。本講演では、健康長寿や若返りなど現代医学の命題に対し、医食同源の立場からその進歩を述べる。
(これまでの研究会については
こちら)