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国際島嶼教育研究センター第225回研究会
2022年12月19日(月)16時30分 総合教育研究棟5階
南西諸島の植物絶対寄生菌サビキンの多様性と生物地理
岡根 泉(筑波大学生命環境系)
[要旨] さび病菌(担子菌門サビキン目)は生体栄養性の植物絶対寄生菌で18科、約130属6,000種が認められています(Cummins & Hiratsuka, 2003;Aime & McTaggart, 2020)。サビキンの特徴は、1)最大で5つの形態・機能的に異なる胞子世代(精子世代、さび胞子世代、夏胞子世代、冬胞子世代、担子胞子世代)を一方向的に形成すること、2)生活環を全うするため系統的に異なる2種の植物を宿主とする異種寄生種が存在すること、3)高い宿主特異性をもつことです。日本では約760種が報告されており(小野, 2008)、そのうち南西諸島および九州からのみ報告されているのは約90種です(Hiratsuka et al.,1993)。筑波大学と茨城大学を中心に行われた調査結果に基づくと、本地域において160種超(Puccinia属の未同定種を多く含む)が収集されており、そのうち約40種は南西諸島・九州に分布することが知られています。最近の分子系統学的研究から、奄美大島からのみ報告されていたUredo yuwandakensis(夏胞子世代のみ確認)はヒメカカラに加えて複数のサルトリイバラ属に寄生し、千葉県にも分布することが確認されると同時に、本種はPuccinia属に含まれることが明らかになりました(儀武, 2022)。奄美大島と中之島のみから報告されていたChrysocelis gynostemmatisは、タイ産のアマチャヅル上で確認され、本種は東アジアから南アジアに分布するアマチャヅル上に普遍的に生息している可能性が示唆されています(Unartngam et al., 2020)。一方、これまで日本で未報告だったPuccinia kraussianaが奄美大島、徳之島および沖縄産のサルトリイバラ、サツマサンキライおよびカラスキバサンキライ上で確認されました。今後、例えば、沖縄に分布し絶滅危惧Ⅱ類に指定されているオキナワウラジロイチゴ上から新種報告されたHamaspora okinawaensisや、沖縄に分布する日本固有種のクワノハイチゴ上からも報告されているHamaspora acutissimaについてはその分布の再確認とそれらの分子系統学的比較が望まれます。南西諸島におけるサビキン相の精査は、東アジア、東南アジア、南アジアにおけるサビキンの生物系統地理および種分化の解明にきわめて重要と考えられます。
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国際島嶼教育研究センター第224回研究会
2022年11月7日(月)16時30分 総合教育研究棟5階
パプアニューギニアにおけるバナナの多様性とその利用について
小谷真吾(千葉大学文学部)
[要旨] ニューギニアにおけるバナナ栽培は、人類史における農耕の起源や現代世界における品種の分布パターンを探る上で重要な研究対象である。本発表では、特にモロベ州マーカム川流域とセントラル州沿岸部の 2 地域の品種と栽培実践に焦点を当てる。この2地域では、バナナをカラプアグループとその他グループに分けることが共通している。カラプアグループは、ゲノム型がABB、果実は短く角張っている、料理バナナとして栽培されるなどの特徴があり、ピジンイングリッシュ、およびいくつかの現地語でグループの名称として使われている。高地周縁地域の先行研究においてこのグループの利用はほとんど確認できないため、特に低地地域の人々にとって重要な品種群であると推定される。 カラプアとその他のグループの品種は異なった畑で栽培されていた。対象地域の人びとはグループ間で成長速度や気候への耐性が異なると考えており、畑の利用年数や混栽の有無はそのローカルノレッジの妥当性を裏付ける。栄養素分析を行った結果、炭水化物を除く栄養素がカラプアグループで比較的低いことが示された。両地域の人びとは、カラプアと他の品種を別の作物グループと認識し、生産・消費していると結論づけられる。つまり、カラプアは乾燥と洪水の両方に耐性があると考えられ、持続可能な主食として栽培されている。他のバナナは、栄養補助食品、現金収入の手段として栽培されていると考えられる。
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国際島嶼教育研究センター第223回研究会
2022年10月24日(月)16時30分 総合教育研究棟5階
消えゆく島大根 ~奄美大島「古志大根」と喜界島「小野津大根」~
中野八伯(鹿児島大学農学部附属農場)
[要旨] 在来作物は地域特有の気候風土に適合して維持・発展してきたもので、地域住民の生活や人づくりを通して地域文化の醸成に大きく貢献してきたが、戦後の平準化した経済性重視の商用品種の育成や栽培形態の変化、少子高齢化による生産者の激減および集落の消滅等により、地域特有の在来作物は次々と消失し、作物遺伝資源の多様性は失われつつある。近年、地域に根ざした多様な食文化や食育の意義が見直されている。地産地消や健康志向の高まりとともに地域多様性が大きい在来作物の価値が評価される中、在来作物の保存と掘り起こしは喫要な課題となっている。 鹿児島県内全市町村の100系統を越える地域在来品種について調査・収集を行った結果、ほぼ全ての地域において地域在来品種は商用品種に置き換わっており、在来品種が残っていた集落においても多くは高齢者が自家採種等で細々と継承しているにとどまっていた。このように、長い歴史を通して地域の食文化や人々の生活を支えた在来作物には文化財的側面が認められ、これら在来作物を物語とともに通時的に後世に伝え残す必要がある。 今回は、奄美大島南部(瀬戸内町)および喜界島の在来ダイコンについて紹介します。
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国際島嶼教育研究センター第222回研究会
2022年9月26日(月)16時30分 総合教育研究棟5階
「教育の島」沖永良部島出身の医師
日髙優介(鹿児島大学地域経営研究センター)
[要旨] 本発表は,鹿児島県南西諸島に位置する沖永良部島出身の医師を対象としている。 沖永良部島を対象とした既往の研究においては「教育の島」としての沖永良部島に関する言説が確認できる。また,その沖永良部島の教育について,西郷隆盛,川口雪蓬,紀平右衛門ら藩政期の流人が影響を与えたといった言説も確認できる。そのような言説を踏まえた「沖永良部島出身の教員や医師が多い」といった語りもまた確認できる。 とはいえ,これらの職種が実際に「多い」のかどうかについては,管見の限り確認されていない。 本発表では,そうした職種のなかでも「医師」に着目し,奄美社刊行の紳士録『奄美名鑑』をもとにした検証結果を示す。他の奄美群島の出身医師数との比較を通して,昭和期の「沖永良部島出身の医師が多い」かどうかが明らかにされる。 島嶼という教育や移動に様々な制約が存在する状況において,沖永良部島出身の医師たちは,垂直的な社会移動(社会的地位の変化),水平的な空間的移動(島外におけるキャリアの継続)をおこなった。そのような,沖永良部島出身の医師たちを輩出した条件について,島のヤマト(本土)との社会的,政治的,あるいは文化的な接触という観点からも検討する。
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国際島嶼教育研究センター第221回研究会
2022年7月19日(火)16時30分 総合教育研究棟5階
稍深発地震の発生領域における緑泥石の高圧実験とその観察
山内幸子(鹿児島大学国際島嶼教育研究センター)
[要旨] 稍深発地震は、沈み込み帯のプレート内部(約60~300kmの深さ)で発生する。これは、理論上地震が起こるはずのない領域で起きており、その原因は未だ明らかにされていない。鹿児島県の島嶼部もフィリピン海プレート沿いに位置しており、1911年にはM8.0と推定される稍深発地震が起こっている。地震の原因についていくつか有力な仮説はあるが、検証にはいたっていない。そこで、緑泥石が存在する領域と稍深発地震の発生する領域がほぼ同じであることから、緑泥石のふるまいが原因なのではないかと仮説を立てて実験を行った。今回の発表では、稍深発地震が発生する領域における緑泥石の構造変化について紹介したい。 緑泥石とは、層状に重なった緑色の鉱物である。その重なり方の違いで、性質が若干異なり、ポリタイプという細かい種類に分けることができる。緑泥石は高圧条件下で、あるとき急に一つ一つの層の重なり方がずれるような変化をすることが分かっている。この変化の中には、ポリタイプの変化を伴うものもある。また、このポリタイプの変化に伴ってAcoustic Emission(AE)という地震波に似た波の発生回数やそのエネルギーの大きさが大きくなることが分かっている。つまり、緑泥石の動きが地震波のような波を発生させているということだ。しかしこれらは室温でのデータであるので、稍深発地震が起こりうる高温高圧条件下でも不連続な構造変化やAE活動が起こるのかを検証した。
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国際島嶼教育研究センター第220回研究会
2022年6月27日(月)16時30分 総合教育研究棟5階
海岸植物クサトベラの種子散布に関わる果実二型の維持機構
榮村奈緒子(鹿児島大学農学部)
[要旨] 固着性の植物にとって、種子散布は分布拡大のための唯一の手段である。個々の植物の種子は、風、水、動物などの特定の散布媒体に適した果実形態をもつ。また、散布媒体によって種子が散布されやすい環境は異なる。そのため、植物が新たな環境への侵入した場合、本来の散布媒体を失い、新たな散布媒体に適応した果実形態の獲得とともに種分化したと考えられる例が、広い分類群の植物で観察されている。しかし、このプロセスには不明な部分が多い。 海岸植物のクサトベラ(クサトベラ科)には、海流散布能力を持つ果実(コルク型)と持たない果実(果肉型)の個体間変異が分布域に広く存在し、コルク型は砂浜で、果肉型は海崖で優占する。本種のような、種子散布形質に個体間変異が存在し、その変異によって環境選好性が変化する植物は、散布形質進化に起因する種分化の初期プロセスを理解するのによい材料である。本発表では、クサトベラの果実二型が存在する維持機構を理解するために、発表者が行ってきたこれまでの研究を紹介する。
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国際島嶼教育研究センター第219回研究会
2022年5月30日(月)16時30分 総合教育研究棟5階
鹿児島から東南アジアにかけた植物の多様性
田金秀一郎(鹿児島大学総合研究博物館)
[要旨] 植物は世界に約40万種あると言われ、世界中の様々な環境に適応・分化し、一次生産者として我々の生活や生態系を支えている身近で欠かせない存在である。その一方で、我々の身の回りに生育している植物に対する理解は十分とは言い難く、現在においても鹿児島から新しい植物が毎年のように発見され、世界においては毎年約2,000種の植物が新種として記載され続けている。 今回の発表では、日本でも指折りの植物多様性を誇る鹿児島県と世界で最も種多様性の高い熱帯雨林を擁する東南アジア地域に焦点を当て、各地域の植物の種多様性に触れ、その解明への取り組みを紹介したい。
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国際島嶼教育研究センター第218回研究会
2022年4月18日(月)16時30分 総合教育研究棟5階
大学として離島住民の健康を守る取り組み
嶽﨑俊郎(鹿児島大学病院地域医療支援センター)
[要旨] 「離島住民の健康を守る」直接的な取組みは保健医療福祉機関や行政が担っています。今回は、国際離島医療学分野在籍中に、教育と研究と通じて行ってきた「離島住民の健康を守る」取り組みを紹介します。 教育としては、全ての医学生に離島医療を学び、現場で体験してもらうことを始めました。このことにより、これまで特別なものであった離島医療が、皆が知っている離島医療になりました。さらに、地域医療を担う義務を持って入学した地域枠学生には追加の離島実習を体験してもらい、保健学科や歯学部学生にも離島実習は広がり、離島医療に直接的、間接的に関わりを持つ若い医療人が増えていきました。研究面では、奄美5島で生活習慣病予防のための住民ベースの疫学研究を2005年から開始し、2035年まで継続します。離島で継続した研究を行うことで、地域の抱える健康課題解決の基盤となるデータと人的ネットワークが構築されるとともに、学術的にも興味ある知見が得られました。また、島嶼での研究は、研究者を育成するための魅力的な場となり、離島医療に興味を持つ若い研究者達を呼び込み、育てることができました。離島での研究基盤は、行政が抱える住民の健康課題解決に関して、大学が学術的に貢献できる場にも繋がり、多くの受託研究を受け、解析結果を離島の行政と住民にフィードバックできました。 さらに、離島は、国際的な保健医療人材育成の場にもなりました。
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国際島嶼教育研究センター第217回研究会
2022年3月7日(月)16時30分 オンライン(Zoom)
日本列島南西縁地域の人類史研究―ヒトの移動誌と文化多様性への考古学的アプローチ―
山極海嗣(琉球大学島嶼地域科学研究所)
[要旨] 日本列島の南西には大小さまざまな島で構成される琉球列島(あるいは南西諸島や琉球弧)と呼称する地域がある。琉球列島はさらに地理的に2~3の地域に区分することができ、その中で最も南西縁に位置する地域は南琉球(あるいは先島諸島や宮古・八重山諸島)と呼ばれている。南琉球は沖縄諸島以北の琉球列島とも異なる文化や歴史を有しており、言語や遺伝的な特徴においても地域的な特色を持っていることが明らかにされている。こうした特徴は、南琉球の人びとが他の地域とは異なる人類史を有していたことを示唆している。特に本地域は中国大陸や台湾・フィリピンなど東南アジア島嶼部とも海を隔てて接する地理にあることから、こうした周辺地域との間での歴史的な人や文化の移動・交流が注目されており、さらに、非常に古い年代(約3万年前)の化石人骨が発見されたことでより古い段階からの集団的系統や起源は大きな焦点となっている。一方で、南琉球では単純な起源関係では説明が難しいユニークな文化的特徴も確認されており、これに対しては環境的な特異性や多様性とそれに対する適応的な行動といった、この地域で特異的な文化が形成される過程やメカニズムにアプローチする研究も新たに示されている。本発表では日本列島の南西縁に位置する南琉球の地域特異的な人類史と、その背景にある人の移動誌や文化多様性形成にアプローチする近年の考古学的研究や状況について紹介し、今後のより多角的な島嶼研究についての展望や議論に繋げたいと考える。
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国際島嶼教育研究センター第216回研究会
2022年1月24日(月)16時30分 オンライン(Zoom)
西表島におけるオカヤドカリ類の貝殻利用と幼生放出
土井 航(鹿児島大学水産学部)
[要旨] 陸生のオカヤドカリは、水生のヤドカリと同様に巻貝の殻を移動可能な住居として利用しており、軟弱な腹部を常に殻の中に入れ、危険を感じたときには体全体を殻の奥に引っ込めて身を守る。オカヤドカリが利用する貝殻は海産腹足類に由来するため住宅事情は海中の水生ヤドカリよりも厳しい。穴開きの欠陥住宅や古民家で我慢する個体もみられる。貝殻を作る腹足類は有史以前から食糧として利用され、海岸付近には貝塚がみられる。オカヤドカリにとって、貝塚は魅力的な住宅展示場で、周辺で暮らす人間の残飯や排泄物はフードコートである。本発表の前半では西表島の2つの集落跡地と周辺の離島で行われたオオナキオカヤドカリという大型種の個体群構造と貝殻利用に関する研究例の紹介を通して、オカヤドカリと人間生活の関係について考察する。オカヤドカリの幼生は海中で生活するプランクトンであり、生育には海水が必要なため、抱卵雌はふ化幼生を海中に放すために波打ち際まで移動する。一般的には砂浜の上で波をかぶりながら、殻の中から幼生を出すが、コムラサキオカヤドカリはマングローブを構成するヒルギ類の幹や枝、根につかまった状態で幼生を放出する。後半は浦内川河口で行なわれた同種の幼生放出に関連する木登り行動の野外調査の結果を紹介する。選択する木の種類や大きさ、位置と、幼生放出行動の周期性に、どのような適応的意義があるのか、他種の知見を交えながら考察する。
(これまでの研究会についてはこちら)
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