国際島嶼教育研究センター
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研究会などの記録 
2013年(島嶼研)

  • 2013年12月9日(月)第144回 国際島嶼教育研究センター研究会
    16時30分 総合教育研究棟5階

    「太平洋島嶼域における気候変動、災害、危機の伝達」

     エヴァンジェリア・パポウサキ (ニュー ジーランドユニテック工科大学)


    [要旨]
      太平洋島嶼域は過去数年にわたって気候変動に関する論争に関心が集まった。すでにその小規模な経済、文化、脆弱な自然環境が気候変動の影響を受けた島もある。このため、より強力な情報伝達のメカニズムを確立し、様々なメディアと情報伝達の土台を導入する必要性に関心が高まった。それは、災害前の早期警戒システムと災害対応時の情報伝達にアクセスできるようにするためだ。この地域のメディアと情報伝達環境の複雑性が新しい技術の到来によって増大するにつれて、緊急事態と災害時のICT(情報と伝達技術)の活用の妥当性についての疑問が残る。さらにICTの統合可能性を理解する必要性も高まっている。例えば、携帯電話をラジオのような災害対応技術のためのメディアと情報伝達計画に統合することである。
      本発表は2013年の太平洋メディア支援スキーム国家(PACMAS State)のメディアとコミュニケーション報告に基づく。これは14の太平洋島嶼国とRMIT大学(オーストラリア)、ゴロカ大学(パプアニューギニア)、UNITEC(ニュージーランド)の間の協力関係により実施されたものである。本発表は、研究の重要な構成要素(メディア政策、システム、能力開発と内容)を通して、気候変動、緊急時と危機の情報伝達システムのいくつかの側面に焦点を当てる。また、これらの島嶼国家にとって不可欠な情報伝達システムの開発と維持の緊急性を強調するいくつかの重要な研究成果について紹介する。
      本研究は「コミュニケーション・エコロジー」と「開発のためのコミュニケーション」(C4D)の原理に基づいて行われた。これは、コミュニティ・ラジオ、情報と情報伝達技術(ICT)構想、伝統的なマスメディア、そしてコミュニティ対話のような過程を含むすべての情報伝達形態と様式を網羅する。



  • 2013年11月25日(月)第143回 国際島嶼教育研究センター研究会
    16時30分 総合教育研究棟5階

    「中生代以降の九州から南西諸島の脊椎動物化石」

     仲谷英夫 (鹿児島大学理学部)


    [要旨]
      九州・南西諸島で最古の脊椎化石は1894年に報告された長崎県の古第三紀哺乳類の足痕化石である。その後、120年近くの間に哺乳類だけでなく、恐竜をはじめとする爬虫類や鳥類などの化石が多数発見され、その時代は中生代の白亜紀から新生代の第四紀にわたっている。
      本地域で最も古い脊椎動物化石は福岡県の前期白亜紀(約1億3000万年前)の肉食恐竜化石である。中生代白亜紀から新生代新第三紀の前半までの本地域はアジア大陸の一部やその沿岸にあり、大陸と共通性の高い恐竜や哺乳類の化石がほとんどである。
      その後、新第三紀の中期中新世(約1500万年前)になると、日本列島がアジア大陸から分離し、島嶼独自の進化がおこり、また、氷河期による海水準変動によりアジア大陸とつながるなどの過程を経て、現在の脊椎動物相が成立した。



  • 2013年10月21日(月)第142回 国際島嶼教育研究センター研究会
    16時30分 総合教育研究棟5階

    「日本先史時代の栽培植物とその起源
    −最近の古民族植物学の研究成果から−」


     小畑弘己 (熊本大学文学部)


    [要旨]
      穀物に関しては、日本は東アジアの大陸部に起源をもつイネや雑穀の伝播地の一つである。現在、考古学で一般的に許容されている農耕社会の成立は、弥生時代早期に朝鮮半島から伝来した水稲耕作を契機としたものである。しかし、先行する縄文時代に栽培植物が存在したことは、古くから考古学以外にも農学や地理学などの研究者によって提唱されていた。佐々木高明に代表される「照葉樹林文化論」がそれである。我が国の基層文化の形成において、縄文時代に東南アジア内陸部および南中国南部から伝わった芋類と雑穀を軸とする焼畑農耕が重要な役割を果たしたという説である。稲作を中心に据えない農耕を行って地域と時代は古くから存在しており、佐々木らの説はこの点で正鵠を射ているが、引用されている栽培植物に関しては、考古学的に完全に立証されたものが含まれている。これは考古学界自体が栽培植物に関する誤同定や汚染資料を見抜けなかったことに元来の原因があるが、他分野においては、横断的な学問成果の引用のため,それらが無批判に受け入れられ、拍車をかけている。
      このような中、2000年代以降の古民族植物学的研究、とくに縄文時代の栽培植物に関する研究は、圧痕法やAMSによる炭素年代測定法の開発、種子や花粉の同定法の発展などに伴い、大きな進歩を遂げてきた。その中でも特質すべきは、圧痕法によって、これまで弥生時代に中国大陸から伝播してきたと考えられていたアズキやダイズが縄文人たちによって栽培が開始されたことが明らかになったことである。
      今回は、圧痕法で明らかになった成果を中心に、縄文時代の栽培植物とその起源について紹介する。



  • 2013年9月30日(月)第141回 国際島嶼教育研究センター研究会
    16時30分 総合教育研究棟5階

    「太平洋芸術祭の収録現場から」

     小出 光 (太平洋民族芸能ライブラリー)


    [要旨]
      1972年フィジーで第1回南太平洋芸術祭が行われてから40年目の昨年はソロモン諸島で第11回が開催された。実はこのイベントは1985年の第4回から「南」の文字が削除され名称変更されたが、小出はこのときから毎回映像の収録に携わっている。
      芸術祭との関わり方は立場によって異なるだろうが、取材者として接したときには所謂公式記録には残されない類の問題に直面し、事前にあるいは現場で対処しなければならないケースも屡々である。今回はそのような事柄にも言及しながら、各回の内容や運営の特徴について概観してみたい。時間の節約のためレジュメを用意し、その分映像で現場の雰囲気を看取いただけるよう図りたい。



  • 2013年6月17日(月)第140回 国際島嶼教育研究センター研究会
    16時30分 総合教育研究棟5階

    「ケルトの視点から読むF. スコット・フィッツジェラルド」

     千代田夏夫 (鹿児島大学教育学部)


    [要旨]
      F. スコット・フィッツジェラルド(1896〜1940)について、母方のアイルランド移民の血筋についてはしばしば言及されるものの、その出自が彼の自意識や作品にいかに実際に作用したかについての先行研究はほとんど見られない。本発表では作家のバックグラウンドとしてのケルトの存在に注意しつつ、ケルトという概念自体の重要な構成要素でもある「島」のイメジャリに特に注目して作品分析を行いたい。代表作The Great Gatsby (1925) の最終盤において17世紀オランダ水夫の眼差しを借りながら新世界を俯瞰してみせる作家にとっては、アメリカもまた一つの島ではなかったか。ケルトという概念をもって作家にとっての島の意義を辿るとき、フィッツジェラルド独自のロマンティシズムとは何であったかという、より大きな問いを解く手がかりもまた得られよう。



  • 2013年5月27日(月)第139回 国際島嶼教育研究センター研究会
    16時30分 総合教育研究棟5階

    「韓国における「南道(ナムド)」の文化的特徴」

     李允先 (鹿児島大学国際島嶼教育研究センター)


    [要旨]
      「南道(ナムド)」(地理的には「全羅南道」を指すが、「ナムド」はより広い範囲を覆う文化的概念である)とは韓半島の南西地域である。この南西地域はその地形から「北東アジア地中海」と呼ばれている。韓国の南海には3千を越える島があり、そこにはさまざまな文化様式がある。最初に話したいのは、干潟と島嶼についてであるが、塩田も多くある。次に指摘したいのは、食文化である。塩分を含む海産食品は南アジア、中国南部、日本、韓国に広がっている。南道の人々はキムチのような唐辛子が入った料理を好むが、同じ韓国でも北部の人々は唐辛子料理は好まない。このことは料理にも南北で異なる様式があることを示している。第三に指摘すべきは、巫女(ムダン)の祭祀と舞踊である。巫女には2つのスタイルがあり、それは漢江(ハンガン)により南北に分けられる。北部の舞踊スタイルは跳躍を伴い、ひとつの祭祀のために20もの色とりどりの衣装を使う。南部の巫女は衣装はひとつか2つしか使用せず、しかも白一色である。彼女の仕事は、ただ歌い、音楽を奏で、踊ることだけである。第四の論点は、歌と音楽である。私見によれば、この点で南道は沖縄や奄美大島の巫女と共通性があるように思える。最後は葬儀と埋葬である。ここでは南道の2つの異なる埋葬様式について述べる。今日では文化様式はさまざまに混淆している。個人的に関心があるのは、韓国南部と南日本の文化的関連性についてであるが、それは明らかに南太平洋の海洋および島嶼文化に由来するものだろう。



  • 2013年5月11日(土)第138回 国際島嶼教育研究センター研究会
    14時30分 鹿児島大学法文学部101号教室

    「フェリックス・ガタリのエコゾフィーと現代哲学」

     ステファヌ・ナドー (ヴィル・エドヴァルド病院・小児精神科医)


    [要旨]
      フェリックス・ガタリ(1930-1992)は、精神分析、社会運動、政治思想など多彩な分野で活躍した20世紀後半の思想家です。2011年のフクシマ原発事故以後、ガタリのエコロジー思想を国際的に再評価する動きが高まっています。精神・社会・自然を互いに切り離すことのできない「エコロジー」として捉え直し、それら包括的に捉える知のあり方(エコゾフィー)を追求したガタリの思想は、現代世界のあり方を考えるうえで重要な指針を与えるものです。今回の発表では、そのようなガタリの思想の解読をつうじて、エコロジー問題に対する現代哲学の果たすべき役割とその方向性について議論をしたいと思います。



  • 2013年4月15日(月)第137回 国際島嶼教育研究センター研究会
    16時30分 総合教育研究棟5階

    「有孔虫に魅せられて40年」

     八田明夫 (鹿児島大学教育学部)


    [要旨]
      学生時代のフィールドから有孔虫化石が出てきたことが、ことの始まりです。千葉県に住んでいた時は、房総半島の有孔虫化石、タイ国の古生代後期の有孔虫化石を調べました。鹿児島大学に赴任後は、種子島南部から産出する有孔虫化石と鹿児島県各地の現生有孔虫を調べました。内地研究員として琉球大学に滞在し、石西礁湖の有孔虫を研究してモノグラフを作成しました。島嶼研の前身の南海研時代からパラオ・ミクロネシア・パプアニューギニアへの調査隊に参加し、現生有孔虫を調べました。理科教育の担当者として、有孔虫の理科教育への活用について研究・提案しました。本報告では、調査地域から産出した有孔虫について紹介・解説します。



  • 2013年2月18日(月)第136回 国際島嶼教育研究センター研究会
    16時30分 総合教育研究棟5階

    「熱帯林の生態:40年間で観えたこと」

     米田 健 (鹿児島大学農学部)


    [要旨]
      72年にマレーシアのPasoh地区からスタートした私の熱帯林研究は、80年にスマトラのUlu Gadut地区の熱帯雨林で再開することができた。91年からはこの地区の森林に毎年入っている。97年には観測史上最大の異常乾燥に襲われ、またほぼ同時期から違法伐採が加速化した。当地の森林はしだいにやせ細りその構造が大きく変化しつつある。これら森林のダイナミックな変化を観測できたことは、生態学者としては幸運であった。2003年からPasohでの調査を再開するチャンスを得て、この10年間毎年現地観測を続けている。熱帯雨林をとりまく環境は急速に変化しつつある中で、森林の屋台骨ともいえる大径木の動態に注目した研究を続けている。とくに“森林減少・劣化からの温室効果ガス排出削減(REDD)”の観点から,択伐林を研究対象とし木材資源の持続的管理と生物多様性保全に向けた研究に焦点を当てている。これら研究の概要を紹介する。



  • 2013年1月28日(月)第135回 国際島嶼教育研究センター研究会
    16時30分 総合教育研究棟5階

    「現代思想における比喩としての《島》―ドゥルーズの「島」概念についての一考察―」

     近藤和敬 (鹿児島大学法文学部)


    [要旨]
      本発表では、ジル・ドゥルーズ(Gilles Deleuze, 1925-1995)の哲学における「島」という概念について考察する。発表者の所見によれば、とりわけエコロジーについて論じようとする現代の思想にとって、「島」というイメージが重要なものになりつつある。現代の思想のこの方面での最近の動向も合わせて報告したい。
      ドゥルーズの「島」概念は、彼のもっとも古い未刊のテキストである「無人島の原因と理由」(死後刊行の『無人島とその他のテキスト』に収録)で生み出され、次に『意味の論理学』(1969)に所収の補遺U「ミシュエル・トゥルニエと他者なき世界」で再びあらわれる。これらのテキストはその共通点として、ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』にたいする批判的考察を含むという特徴をもつ。また後者の論文では彼の批判を小説的に実現したとも言えるミシェル・トゥルニエの『フライデーあるいは太平洋の冥界』(1967)についての考察が中心的に扱われる。本発表でも、この両者の小説を比較検討することから、ドゥルーズの「島」概念の考察を始めることにしたい。









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