南太平洋 Report |
Report of the Pacific Islands |
調査報告
南太平洋低島部における地球温暖化に伴う生物多様性の低下に関する研究
河合 渓
(鹿児島大学多島圏研究センター)
はじめに
地球温暖化は地球規模で深刻な問題になっている。ある報告によると1900年以降で最も暑かった年のベスト10年は1990年以降に見られているという。また、1900年以降で世界の平均的な気温は0.6度上昇し、海水面も平均約20cm上昇したといわれている。そのような中、地球温暖化が最も大きく影響を及ぼすと考えられるのが南太平洋域に多く見られるような島嶼低島部である。すでに海面水位上昇に伴い陸地の減少が見られ、ニュージーランドなどへ移住を強いられている地域もある。そして、地球温暖化に伴う海面上昇で最初に影響を受けるのが沿岸域に生息する生物である。沿岸域にはさんご礁、砂浜、マングローブ林など、多くの生物が生息する場所が多くあり、生物多様性の高い地域となっている。
地球温暖化を解決するためには1)地球温暖化とそれに付随して起こると考えられる現象との因果関係を解明する事、2)温暖化ガスなどの放出を抑えていく事などが重要になってくるであろう。そして、現在起こりつつあると考えられている地球温暖化に伴う沿岸域の生物多様性の低下を防ぐためには、少なくとも現在この地域が健全に機能するように十分に保護や管理されている事が最低限必要不可欠と考えられる。そして、これらの地域の長期的な保護と管理状況、そしてこの地域の現状とそれを取り巻く社会状況を正確な情報として世界に発信し、多くの状況を世界中で共有する事が重要と考えられる。そのためにはこれらの地域の研究者間で情報網を整備し多くの情報を共有するようなシステムを構築する必要がある。
この研究は「南太平洋低島部における地球温暖化に伴う生物多様性の低下に関する研究」について南太平洋島嶼国の多くの研究者と交流を行うと共に情報網を整備し、各地の現状をWEB上で報告する事を目的としている。
これは2004年2月に行なったその調査報告である。
南太平洋の現状
1) インドネシア共和国
太平洋地域において最も大きな島嶼国のひとつはインドネシア共和国である。滞在期間中Institute Pertanian Bogor, Lembaga Ilmu Pengetahuan Indonesia (LIPI) Pusat Penelitian Biologi,と他の政府2機関を訪問した。各研究者間で地球温暖化に伴う生物多様性の低下については認識に差があるようだ。今回話をした海洋科学者は海面上昇と沿岸域の生物多様性の低下は自らの研究と共に事実と捉えているが、他の生物学者はまだ身近な大きな問題と捉えていないようである。
LIPIのスタッフ数名と共にジャカルタ近郊のマングローブ林を訪れた。多くのマングローブ林が伐採され、そして埋め立てられ住宅地へと変わりつつある
(写真a)。一方、マングローブ林の一部は保護区として保護されつつあり植林も行われている (写真b & c)。2ヶ所の保護区の大きさは44.76ヘクタールと25ヘクタールであるが、この2箇所は住宅地に分断されて設置されている。そのため2箇所間での野生生物の移動や遺伝的な交流は簡単には行われていない可能性がある。また、保護区はジャカルタ近郊にあるため多くのごみが流れ着いていた
(写真d)。現状では沿岸域の生物多様性を維持するためには保護区の設置の仕方や管理状況などについて検討する必要が考えられが、このような取り組みを続け保護区の整備など今後の一層の取り組みが期待される。
2) フィジー諸島共和国
フィジー諸島共和国はオセアニアに属し約360の島々を抱える島嶼国である。首都のスバには南太平洋の12の島嶼国が共同で設立したthe University of the South Pacific(USP)のメインキャンパスがある。今回はUSP のMarine Study Program, Institute of Applied Sciences, Department of Geology, Department of Economy等を訪問し情報交換を行った。南太平洋島嶼域は低島が多く存在するためこれらの地域が地球温暖化による影響を受けやすいと考えられ多くの研究者が温暖化の影響について非常に興味を持っているようだ。
昨年フィジー諸島共和国を訪問した時に大衆紙であるFIJI TIMESに“SEA LEVEL RISE”という記事が大きく出ていた。これはフィジーを含めた南太平洋島嶼国の人々が温暖化による影響に関心が高い事の現れの一つであろう。しかし、フィジーにおいては著しい海面上昇などの現象は見られておらず、大きな危機感を抱いているが、まだ隣の国の問題と捉えているようだ。一方で、フィジーでは赤土の流出、沿岸域の侵食(写真 e )、サンゴ礁の減少など、温暖化との関係はいまだ不明だが生物多様性の低下を引き起こす現象が多く観察されている。
これに対して沿岸域の保全管理をしようという動きも高まりつつある。沿岸域の暴風雨からの防波堤の役目も果たし、多様性の保全にも重要なマングローブ林の植林(写真 f)やさんご礁の形成を助けるためさんごの飼育なども行われつつある。
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3) 米国グアム島
ミクロネシアに位置する米国グアム島にあるグアム大学のMarine Laboratory、College of Art & Sciences、Division
of Sciencesと Micronesia Area Research Centerを訪問した。グアム島においてもフィジー同様に島自身では顕著な現象は見られない、あるいはもう少し調査を進めないとなんともいえない状態であると指摘された。一方で、山頂にだけ生息する陸貝はこの十数年のうちに絶滅した可能性があるという話も聞いた。科学的なデータはないがこの原因については多くの人為的影響が考えられ、温暖化に伴う気温の上昇の可能性も否定できないとのことであった。
グアムにおいても頻繁に地球温暖化に伴う島嶼域への影響についての記事が新聞に掲載されているようだ。やはりこれはこの地域の人々の温暖化に対する関心の高さの表れに一端であろう。
最後に
乗り継ぎで寄ったオーストラリアのケアンズで会話をした地元の人の話では、この地域での異常気象や沿岸域の浸食が最近大変顕著になってきたという事である。今回訪問した国々では目に見える形での地球温暖化に伴った現象やそれに伴う生物多様性の低下が顕著に見られているようには見られない。しかし、まだまだ温暖化との因果関係は不明であるが沿岸域の侵食や異常気象などが観察され、それに伴い沿岸域の生息域が破壊されつつある事は現実である。また、マングローブの植林や保護区の設置、そしてサンゴの飼育などが始まりつつあるが、科学的情報をもとにした今後の活動の活発化が期待される。訪問した南太平洋地域の住民の関心はかなり高いのだが、まだ自分自身と直接関係ある問題として捉え切れていないのが現状である。
謝辞
この調査にご協力いただいた友人達 J.P. Terry、B.C. Prasad、S. Riswan、D. Rubinshutainの各氏にお礼を申し上げる。
また、この調査は平成15年度創造開発研究海外調査旅費の援助のもと行った。
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